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監修者を立てても数字が動かないのは、監修の使い方が間違っているから

公開:更新:執筆・監修:山田純輝(国家資格キャリアコンサルタント)

「監修を入れたのに、数字が変わらないんです」

相談の入口で、この話はよく出てきます。話を聞いていくと、原因は監修者の力量ではなく、監修を入れているタイミングにあることがほとんどです。

完成した記事に監修を入れても、もう直せない

多くのメディアでは、監修は最後の工程に置かれています。ライターが書き、編集者が整え、最後に有資格者が目を通す。この順番だと、監修者ができるのは事実確認と、細かい表現の修正だけです。

ところが、記事の成果を決めているのはもっと手前の部分です。どのキーワードで、誰に向けて、どの順番で説明するか。ここが読者の悩みとずれていると、事実が正確でも読まれません。完成原稿を前にして「この見出し構成では届きません」と言っても、作り直す時間はもう残っていないはずです。

私が構成段階から関わるようにしているのは、このためです。見出し案の時点であれば、検索した人が本当に知りたいこととの距離を測り直せます。ここで直したほうが、結果的に制作コストも下がります。

「事実として正しい」と「読者に届く」は別の基準

監修の仕事は、間違いを見つけることだと思われがちです。もちろんそれも含みますが、それだけなら校閲と変わりません。

キャリア領域の記事で私が見ているのは、もう少し違う点です。たとえば「20代の転職は有利」と書かれていたとします。事実として大きく外れてはいません。けれど、この一文を読む人の中には、二十代後半で職歴に空白がある人がいます。その人にとって「有利」という言葉は、励ましではなく自分だけが例外だという確認になります。

だから監修では、断定の射程を狭めます。「どういう条件のときにそう言えるのか」を足す。読者を選別しない書き方に変える。これは事実確認では拾えない部分で、実際に相談を受けてきた人でないと気づけない箇所だと思っています。

資格名を載せるだけの監修が、いちばん危ない

資格を持った人の名前が記事の下にあると、読者は「専門家が確認したのだから正しいはずだ」と読みます。その信頼を受け取っておきながら、中身に専門家の判断が入っていないなら、読者を欺いていることになります。

私がこの形の依頼をお受けしていないのは、倫理的な理由だけではありません。短期的には効いたように見えても、読者が読んで納得しない記事は、結局リピートも指名検索も生まないからです。数字の面でも合理的ではないと考えています。

監修で実際にやっていること

工程としては、だいたい次の順番になります。

構成案の段階で、想定読者と検索意図のズレを確認します。次に、本文に対して事実・制度・用語の誤りを直します。そのうえで、断定表現の射程を調整し、読者の不利益になりかねない表現を外します。最後に、面談の現場で実際に多い質問と、そのとき伝えている内容を監修者コメントとして足します。

この最後の工程が、いちばん効きます。他の記事にない具体が入るのはここですし、AI検索に引用されるのもこの部分であることが多いためです。

監修を「工程」ではなく「設計」として扱う

まとめると、監修が効かないメディアには共通の構造があります。監修が最終チェックの工程として扱われていて、記事の設計に関与していない。そして監修者が、現場の一次情報を持っていない。

逆に言えば、この2つを変えるだけで監修は機能し始めます。構成段階から入れること。現場を持っている人に頼むこと。監修料そのものより、どの工程に入れるかのほうが成果を左右します。

すでに監修者がいるメディアでも、入れる工程を前倒しするだけで変わることがあります。まずはそこから試してみてください。

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